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ごじゅうおん

「ついでにあたしも写ってる」で、ふと「浮き藻に小エビも泳いでる」を思い出したんだけど、なんだっけこれと思ってぐぐろうとして、そうだこれ発声練習の時に言ってたんだった、と思い出した。演劇部での発声練習で散々やっていたのね。
んでもって全文思い出せなくてやっぱりぐぐったら、これは北原白秋の五十音という詩だったそうで。
知らなかった。

http://hakusyu.net/Entry/31/

実は演劇部在住でしたん。

今朝会ったひと。というタイトルですが昨日の話です。

銀座線にて。
一番後ろの車両の一番後ろ(車掌さんがいるところの扉のところ)に毎朝へばりついているんだけど、今朝は降雪で交通ダイヤが乱れるというちょっと浮ついた感じのアナウンスがずっと入っていたので20分も早く家を出て30分も早く銀座線に乗ってたりしていて。
普段はわたしが乗る駅の次でどっと降りてしまうのでラッシュもほぼ1駅分くらいなんだけど、さすがに早く出るとさほど混んでもいなくて。
そんなちょっと(普段よりは)すいた感じの電車内で思わず目を見張ってしまって。
乗ってきたおじさんが、確実に身長2m以上あったんです。
でかい。とにかく本当に見上げるほど。
扉の前にあるつり革ってちょっと位置が高くなってるじゃないですか。あのつり革のつかまる部分よりも目が上にありまして。
そのつり革につかまる手はちょうどあご辺りにある感じ。わかるかしら。つり革がぶらさがってる棒よりちょっと低いくらいの身長でした。
でね、このおじさん、おそらく北欧系の方だと思われるのですが、ちょっと伸びた感じのぼさっとした髪の毛に顔半分がひげで、とてもお腹がでていまして。
もうね、なんか北欧神話に出てくるトール神とかそんな感じ。
実は魔法使えたりするんじゃないかと思わせる風貌だったんです。
普段は車掌側の扉にへばりついて駅から離れる時にホームの駅員さんが指差し確認してる姿を見るのが好きでずっと外を見てるのですが、今朝は思いっきりそのトールおじさんに釘付けでした。
もう1駅長く乗ってたら絶対「雷おこせます?」って聞いてたと思う。というか聞きたかった。
明日も早く出かけてみよっと。

春が来て、

モヨ子がうっふんです。
暗がりへ向かってキャーキャーと鳴いています。どうしていいのかわからんのだろうね。
そのうっふんを見てククリが気味悪がっています。
「ちょっとかーさん!あいつ超変!キモい!」とでも言いたげにあたしに向かって訴えます。モヨに向かって「お前頭おかしーよ!キモい!」と怒っているようだし。

パーマをかけたあたしを見て(この職場では初めてか)、仲良しのお姉さんがもっと女子力向上させたいとか言い出してコテの巻き方伝授すると息巻いております。
ピンクとか着てほしいとか。あたしに。何を企んでいるんだろう。

そういえば昨日の美容室で担当さんに「世の中みんな水分不足( ー`дー´)キリッ」と言われて、今顔に化粧水しみこませたコットン貼ってます。或る程度水分が足りてきたら肌にも透明度が出るんだとか。なるほど、と思って頑張ります。
女性誌って美容室でしか読まないから、美容関係の情報って全く入ってこなくって。
ネットでそんな系統の記事読まないし。
でももうちょっと気にしなきゃなぁ、とも思っております。

うまくいえないけど、という雑記

不調というには特徴もない状況だとなんていうんだっけ、未病だっけ。
そんな感じ。

美和ちゃんに教えてもらった、朝日記を書くだけで生活のクオリティが変わる! ってのをやってみようかと思っていたり。会社行くまでに考えて、着いたら手帳に書き出すというのをルーティンに組み込めばいいのかな。
美和ちゃんとは金曜日に初めてふたりで呑んだんだけど、たくさん気づきをもらえた気がする。ふーりタンもそうだし、あたしの周りの女性たちはみんなまっつぐ生きている。かっこいい女性ばかり。あたしもそう或るために背筋を伸ばそう。

明日から春なので(暦上ね)、メガネ変えたりパーマかけたりと気分転換をば。
新しい季節が始まるので、気持ちも新しく。
あぁ、戴いたあの香りも明日から使い始めてもよかったな。もうだいぶ自分に馴染んだ香りになってきたけど。

あ、あと「安土往還記」読了。
(今ぐぐったら、7年前の「スゴ本」の記事もhitした。びっくり)
シニョーレの言葉は海をも超える。「事を成す」という、そこにものすごい集中力とパワーを使ったシニョーレの瞳に灯る孤独の炎が見えるようだった。
ついでに最近ポチったマンガは、「やじきた学園道中記Ⅱ」「コペルニクスの呼吸」「ドロヘドロ」「同人少女JB」などなど。んで購入検討中が「TO-Y」と「地球(テラ)へ…」。読みたいのがDシリーズ。まだやってたのねということで。
去年、1週間1冊読書とかやってたけど、第九始まって読めなくなったんでそういう規制はやめて読める時に読もうとね。物語には片手間よりもどっぷり世界に浸かった方がいいと思うし。

↓お気に入りの画像。会田誠展見終わったあと、52階の展望ラウンジで沈む夕日を見ながら軽く呑んでいた時に撮影。あたしのiPhoneで撮った富士山を、富士山の方向に合わせてひこタンのREGZAで。富士山ってすんごい高い。でもあの頂上に行ったんだよね、って。あらためてすごいなぁって思ってお互いの頭をなでなでして。

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エルグレコ展/会田誠展

先週の話ですが行ってきました。
▼エルグレコ展
http://www.el-greco.jp/

スペイン三大画家のひとりで(他はベラスケス、ゴヤ)イコン画家です。
キリスト教にはあまり興味がないのですが、イコンは好きです。
いやー、楽しかった。というか素晴らしかった。
割と荒いタッチだったりするんだけど、その粗野な描写が妙に生き生きとしていて指の関節なんか本当に「ぴくっ」って動きそうだったりとか、服(装飾)の質感とか、顔のしわ、瞳の奥、うーん挙げていったらキリがないなぁ。
存在感の迫力というか、どの部分を切り出しても「エルグレコの作品」とわかるほど全てに特徴があるようで。

▼会田誠展
http://www.mori.art.museum/contents/aidamakoto_main/index.html

ほとんど前情報なく観に行ったんだけど、面白かった!
…と言い切っていいのかわかんないけど(笑)天才過ぎて判読できなかったりもあり。
んでもって展示されていた一部の作品について差別表現だと息巻いた団体があったそうですが、どうしてそう見ようとするんでしょうね。イチャモンつけたいだけなんだろうけど。

うーん、日にち経つとやぱ感動は若干薄れてしまうわね(;^ω^)
もっと早く書けばよかった…。

個人的素材集とか

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まとめて貼ってみた。
近所の緑道公園にて。

木場にあるMOT(東京都現代美術館)に野暮用で。
ミュージアムショップで久々に大岩オスカール氏の企画展の絵葉書とか見つけて懐かしくて1枚購入。この展示を見てごそっと買った絵の具はそのまんまだった。そして今回使った絵の具は90年代に使っていた古いやつ。物持ちがいいのか古い記憶にしがみついているのか。

モニターで見る色と文字で綴られた色と、印刷屋さんの技術によって再現された色とは微妙どころか「えっ」てくらい違う。もちろん脳内で再生される色も。
そのために様々な記号や文字の羅列で細分化した色の推移に名前をつけていっているけれども、パレットに搾り出した絵の具たちの配分から生まれる色には名前なんてなくて。
そして再現しようとした色はあまりにも高貴過ぎて手どころか配分すら思いつかないほどのお手上げっぷりだった。

久々に描いた絵はただ絵の具を塗るのが楽しかっただけでなんも考えていない。
なんも考えないからなんもなくて。重圧も拘束もない空間を描くのは気持ちのいいものだ。

回顧録

とあるツテ(一応経緯も守秘義務に当たりそうなので)で福島県の地酒(一升瓶)を戴いた。
今日はちょっと早めに帰りたかったので結構混んでる電車で箱入り一升瓶を抱えて乗るのは勇気と忍耐力が必要だったけど呑みたいという欲求はラッシュ如き屁でもないらしい。
素晴らしいことだ。

一升瓶からグラス(もしくは湯呑み)に注ぐ時って皆さんどうされますか?
あ、そもそも一升瓶から自分で注いだことがないとかいうコメントは要りません(笑)
結構重たいんですよね、一升瓶。内容量がfullだと1.8リットルで約2kgでしょ、それにガラスの重みが加わるから、軽く2.5kgは超えそうな重さで。
上手く注ごうとするにはやはりノドと底を持って両手を使うのが安全かつ量も調整が効くと思われます。グラス置いてもらってよっこいしょ、ってそろそろと注ぐ姿はよく居酒屋でも見かけますが、あの升ってのは多分「ちょっとサービス」というよりも「こぼす量が均等でなくてもいい」という甘えに見えてしまうのはあたしだけですかね。いや別に居酒屋の店員さん全員にフランキーのような肘下になれなんて言ってなくて、スマートに注ぎたいなら750mlでもいんでないかね、と言いたいだけなんです。というか別にそこまで店員さんに「こぼす量」でとやかく言うつもりはないんです。美味しければいいんですし。

閑話休題。

開けたての一升瓶の底を持って片手で(ノドを持つ介添えの手ナシに)注ぐ人をひとりだけ知っています。
正確に言うと知っていました、です。
まだあたしは酒が呑める年頃でもなく、ただその重たい酒瓶をいとも簡単に「ひょい」と持ち上げ底を持ち直し、「おいおい(茶碗を)出せ出せ」と卓袱台越しに車座の若衆に酒をついでいた姿を眺めていただけだったのですが、幼いあたしはそんな軽がると持ち上げた一升瓶を両手で抱えてやっとだったのでした。
両親の事実上仲人という、通称「山のおじさん」は山梨のとある山にバンガローを持っていて、そこで両親は知り合い今に至るそうです。その「山のおじさん」のバンガローへは小学校にあがる前までに何度か行き、その時に経験した事がその後のあたしを形成している部分があります。
その「山のおじさん」がその人でした。
さがった眉毛にいっつもタオルで鉢巻をしていて、あたしを抱き上げると無精髭で頬ずりをしてくる迷惑なおじさんでした。
山のおじさんはあたしが中学生の時に病気で亡くなったということだったのですが、その時の両親の落胆ぶり、カソリックだった山のおじさんの葬儀(あたしの父も山のおじさんと同じ教会で洗礼を受けているクリスチャンですがあたしは違います)で初めて知ったカソリックの葬儀の荘厳さ、その後あたしが大人になってから聞いた『オトナの事情』、たくさんの思い出というか、おじさんにまつわるエピソードが多くて、「回顧録」なんてタイトルつけたけど全然回顧に至れないほど色々あって。

嗚呼なんだか酔っ払って思い出した事をぶつくさ言ってるだけになってしまった(笑)
すみません。

おじさんが亡くなってから初めて、4年ほど前におじさんが経営していたバンガローへ両親と行きました。
当時の面影がわずかに残る建物が見えましたが、「売り地」の看板と有刺鉄線に囲まれて入ることができず。
それを見た日の夜は、おじさんが亡くなった日の夜と同じく父は早々に寝室に篭りおじさんの写真を飾って呑んでいました。