小笠原界隈で出会った動物たち その1(爬虫類写真注意)

まだまだ続くよ小笠原回顧録。
そしてこの投稿でナイトツアーの事とかも書きたかったのに思いの他長くなったので分ける事に(笑)←結構こういうの多いよね

今回のツアーでとても印象的だった出来事はオガサワラヤモリの「ボニコ」に出会った事です。
ボニコはおが丸の客室内で見つけました。

竹芝桟橋で見送りに手を振り暑い中デッキでビールをがぶっと呑んで(この時、私の部屋に別の方が荷物を置いてしまっていて戻れなかったのだ)そろそろ戻ってみようかって部屋に戻ってやっとこさ荷物を開けられると思ったところで友達が部屋の階段のところで「あれ、なんかいる。ヤモリ?なに??」と声をあげるので何かと思って見てみたらしっぽまでの長さ5cmほどのしゅるっとしたものがしゅるっと動いていきました。「あ!ホントだ!」まるで私は猫のように本能でヤモリを追いかけ通路に出たところで捕獲。「つかまえた!!」と手の中にいる小さな爬虫類を覗き込むとそれはとてもつぶらな瞳で私を見てました。
一瞬にして「はぁぁぁぁぁ❤」とメロメロの私たち。
そして瞬時に「あれ、小笠原って動植物の出入り厳しかったはず」って思い直し、「このヤモリってどうしたらいいんだろうねぇ」と我に返りました。
捕まえたのはいいけど、父島に持ち込んではいけない外来種(内地の動物)だったらどうしたらいいんだろう。
とりあえずインフォメーションセンターで聞いてみようという事になり4デッキへ。「ヤモリ捕まえたんですけど…」というと「あちら(私たちの背後の待合室)に父島のガイドの方がいるのでそちらで聞いてもらえませんか」という事でガイドさんに再度「ヤモリ捕まえたんですけど」と見せました(が、上の写真)。
細かいやりとりは省略して、このヤモリはオガサワラヤモリで、ひっくり返してみるとお腹に卵が二つあるとの事。この子は女の子でしかも未婚の母(オガサワラヤモリは単為生殖といってメスだけで繁殖するそうで。こちらにそんな説明が載っていました→『雌(メス)しかいないトカゲがいる?』)って事が判明しました。

オガサワラヤモリなら父島に連れていけるんだね!(∩´∀`)∩ワーイ と単純に喜ぶ私たち。
そこでガイドの方からはどうしますか?と逆に聞かれました。
「?」と首をかしげると、

『リリースという手もあります。それは海に投げ捨てることです。でもそれはむやみに殺すという意味ではなく命の循環、他の魚の糧となるという考え方もあります。この子とたまごふたつ分という食料が、他の命をつなげていくという風にとらえる事もできるのです』

正直この説明に衝撃を受けました。いや、わかっていた事なのですが、こうもサラッと言われてしまう事に衝撃でした。
そうなんですよね。きっとこのままこのおが丸にいたらこの子はあっという間に死んでしまってひからびて朽ちてしまうと思います。
でもここで海に放す事でこの子は死んでしまうかもしれないけど、この子を糧とした魚などが時期がきて卵を産むかもしれないしその魚を更に大きな魚やイルカとかクジラとかそんなのが食べたりしていくのかもしれない…なんて事を考えてしまいました。

この言葉を聞いて思わずひるんだ私に「もしくは、『旅のお供』が増えるっていうのもアリですよね」とすかさずフォローが入りました。
旅のお供!このヤモリが!
「名前決めます!」と部屋に連れて帰りました。

ボニコという名前の由来は父島の海の色「ボニンブルー」から。
父島は「無人(むにん)」が訛って「ボニン」と呼ばれたとか所説ありますが英語圏ではボニンアイランドと呼ぶそうなのでそこから小笠原の動植物には「ボニン」がつく事が多いようです。
そんなところから、未婚の母のオガサワラヤモリは「ボニコ」になりました。女の子だしね。

さてボニコを連れ帰ったのはいいけど、島に到着するまでは何に入れましょうかということとなり。
そういえば船呑みするために色々買ったグッズのなかに使い捨てタッパーがあったはずだとゴソゴソ取り出し。
透明な蓋に穴を開けてボニコを入れてみました。

こんな感じ。
しばらくこんな風に置いていました。
が、波が荒くアネロンをキメていても起きると吐き気がするほどの揺れっぷりにグッタリしていたらボニコの動く気配がしないことに気付き。
なんでだろう?と思ってじっとそのタッパを見ていたのですが。…あれ、もしかして水が必要とか。お腹すいてるとか。…色々考えたのですがどうしようもないなと思いとにかくあと10数時間頑張ってくれーと思っていたところ突然「もしかしてこれ酸欠か!」とひらめきました。
そして色々その対処法を考えた挙句、こうすることに。
 
空気穴いっこじゃ循環もしないし、そもそもボニコは中身の下の方にいるわけだから二酸化炭素たまっちゃうだろうし、というのに至りこうなりました。
海にリリースから救ったくせに私が窒息死させてどうする。もうえつこのばか!ってひとりごちながら網棚に乗せ、下から覗いていました(タッパ乗せてる網状の棚は二等客室内についてる棚です)。
無事ボニコは過失の窒息死を免れ父島を待つ事になりました。

ボニコを見つけた客室内の階段と壁は淡いベージュでした。
見つけた時のボニコの色はまさにそのベージュと同化していてきれいな色だったのですが、タッパに入れて一晩過ごすと随分色が変わっていました。

ね。違うでしょ。
比較として捕まえた直後と並べてみます。
 
こんなに色が変わるのね!面白いなぁ。

父島に到着して私たちはまず宿の迎えよりも先に、二見港にあるガジュマルの下にボニコを放しました。
タッパから出たボニコはあっという間に樹の合間に入っていって見えなくなりました。

無事たまご産めたかな。こどもたちは大きくなれたかな。
きっとずっと二見港のガジュマルを見るとボニコのことを思い出すんだと思います。