アンサンブルエテルナ定期演奏会/吹割の滝・天狗の寺、他雑感

溜め込みました(´д`)
べっつに忙しいって訳じゃないんだけど。

■アンサンブル・エテルナ定期演奏会

初めてエテルナの演奏会を客席から聴きました。
私が入団したのは一昨年の春先だったので、今回で年末の演奏会自体は3回目なのですが千葉先生の指揮を客席から観るのはメノッティのオペラ以来…あれは合唱指揮ではなかったけど。
TOKYOFMの第九練習で壇上に上がられた先生を思い出したりして、なんとも懐かしいような遠くなってしまったような。
月末の週末ということで案の定開演に間に合わずMarche Funebre(オープニング?)の最後の銅鑼のところで到着。途中で入れてもらって聴くことができました。
王子ホールで演奏だったのですが、素晴らしいホールでした。
きっと音楽にあまり色は関係ないのかもしれないけど、他のホールよりも照明が柔らかく包むような感じで、その印象が音に反映されているのかな?ホール全体の一体感のようなものがとても強く感じられました。
先日、エテルナのテノール杉本さんの男声合唱を聴きに行った時の浜離宮朝日ホールもステキだったけど、王子ホールの方が色合いが好きでした。

一緒に歌った人たちの演奏を客観的に見るというのは、(エテルナを辞めたという私情が絡むけど)とても感慨深いものがありました。
本当なら私もここにいたかもしれないなぁ、なんて途中うるっときたりもしましたが(笑)、何よりもこうやって客席で観ることができて良かったと思ったことは「表現力とは何か」を知った事かもしれません。
合唱って、ただ歌っていただけではなかったという事に4年目にしてやっと気づいたわけでして。遅いけど。
…これ以上は合唱に関わる人じゃないと面白くない話になってしまうのでやめておきますが、本当は色々と思うところがあって直前まで行くのを迷っていたのを振り切って行って良かったと心より思っております。

最後になってしまったけど、エテルナのみなさまお疲れ様でした。ケルビーニ・やさしいけしき共素晴らしい演奏でした。
団員数を聞くたびに外野の私ですら不安を感じていましたが、少ないながらもまとまりがしっかりあってオケに負けない声量で感動しました。
次回演奏会も楽しみにしています。

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■吹割の滝・天狗の寺など

翌週は去年の今頃にだいぶ仕事がヒマになってきて(辞める直前だったので)年末どこに行こうかと関東近郊の面白そうなところを探していて偶然見つけた「吹割の滝」に連れていってもらいました。

▼名勝 日本の滝百選 国指定天然記念物 吹割の滝
http://www.city.numata.gunma.jp/fukiware/

大河ドラマのOPで使われたとか東洋のナイアガラとか色々冠詞がついておりますが、web上に並ぶ写真を見て、実際に見てみたいなーと思ったので紅葉もおわりかけでしたが混むことを想定して朝早くにでかけました。
朝早く行って正解だったなーって思ったのは、寒かったけど人がまばらだったためゆっくりその景色を堪能できたところです、やっぱり。
観光地へは早く行く。えつこ覚えた。
日差しも差し込まない時間帯だったので写真は暗いですが、「国指定」だけはあります。吸い込まれそうでした。
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こういう景観ってどうやって出来ていくんでしょうね。地震なんかで岩盤が割れたところに水が流れ込んでいってる、のでしょうか。
滝というよりも派手な渓流って感じでもあるのですが、とにかくあまりみかけないうえになんとも雄大でしばし見入ってしまいました。
水の流れって本当に不思議。
意識というか、何かを持って行かれる感じがする時がある。そのまま流れていってしまえば一瞬にして遠くへ行ってしまうのに、佇む私と流れている場所に短時間ながらも強固な関係が出来てしまって、そこに私の「何か」が縫い付けられてしまうのでしょうか。
流れていく水は私の前を一瞬にして過ぎ去るのに私は「流れている水」を永遠と捉えて眺めていて。永遠なんてないのに、永遠を見出す私。

さて吹割の滝からさほど遠くないところに天狗のお寺があります。
吹割の滝だけ見て道の駅寄って帰っても良かったんだけど、せっかくだからと寄り道先を探していて見つけました(基本的に「○○(目的地) 社寺」って検索してるので立ち寄り先って必然的にそういったところになるわけで)。

▼迦葉山龍華院弥勒護国寺
http://www.kasyouzan.jp/

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日本三大天狗のひとつだそうです。
余談ですが「日本三大○○」って結構好きなキーワードだったらしく、そういうキーワード聞くと「じゃあ他ふたつは何よ」とか思って全部制覇したくなってしまうこの歪んだ征服欲って何。で、天狗は高尾山薬王院と京都の鞍馬寺が他ふたつだそうなので、この迦葉山で制覇してしまいました。あっけない。
で、こちらの天狗様では本殿にむかって大量に山積みにされているお面を以て祈願/お礼をするそうです。山積みの天狗の面を借りて帰り、願いが成就したら、その面ともう一つ新しい天狗の面を奉納し、また別の面を借りるというならわしがあるそうで。リピーターを増やすっていう努力は大切です。
とにかく写真にもある通り大きなお面が印象的でした。
天狗≒修験道、って認識は間違っていないよね?こういう山の中のお寺での修行は本当に辛いだろうなぁと思います。その修行を経て見えるものってきっと私なんかの想像の範疇を越えてしまっているからわからないけど、その「超えた先」ってのは見てみたいと思う。どんな世界観を持てるようになるんだろうか。
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あ、で、気になったのがこの写真。ちいさいからよくわかんないと思うけど、真ん中にひっそりと烏天狗がおりまして。
この赤鼻修験道たちに混じってなぜ??って感じなんだけど。
天狗っていうとこの長い鼻の方を連想されるけど、私は八部衆の一、迦楼羅天が変化したと言われる烏天狗の方がビジュアルが好きだなー。薬王院の天狗もこっちだし。一度行ってみたい飯縄権現も烏天狗だし。

そしてさらに、以前一度行った方がいいと教えてもらった榛名神社にも寄ってみようかという事になり。
\早出って素晴らしい!/

▼榛名神社
http://www.haruna.or.jp/

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圧倒されて言葉を失いました。
なんという岩の存在感と威圧感なんだろう。とげとげしさのない、絶対的な自信の上にあるこの土地の…なんだ、神様なのかなやっぱり、は、菩薩の微笑みとはまた違う抱擁で出迎えてくれるようでした。大いなる存在感の前に私はポカーンと口を開けて見上げるしかなく。飲まれてしかるべきだろうこの土地には。
(私にしては珍しく)五体投地しそうなほど圧倒されました。←繰り返すほどだったのです。
岩や石が信仰の対象になる事は珍しくないのですが、大きさだったり「倒れそうで倒れない」などの畏怖の要素が強いものが多い気がしています。
それは何かというと、岩や石自体に何か力のようなものを感じたわけでなく、その岩や石に「対し、何かを起こしている何か」に敬意を払っているわけで。だからもしその大きな岩が崩れてしまったらそこでその信仰は廃れてしまうんだと思います、極論だけど。「なんだ、あの岩止めておけない程度のチカラしかないんじゃん。じゃ信じるのやーめぴ」みたいな。
だけど、この榛名神社のご神体ってそうじゃないなぁと思いました。きっとあのご神体(御姿岩)はあの形でそこに在るから信仰の対象になったんでしょうね。サイズの問題でなく、きっと何かがあるんだと思います。なんかそう思いました。そのもの自体に宿る何かを、この辺りを開いた方たちが感じて丁寧に祀られたんだと思いました。

以前大谷石採掘場へ行った時のあの不思議な虚無感(有機物の存在を感じない場所って初めてだったのでとてもクリアだったのが逆に恐ろしかったのでした。暗闇に「何かいる…?」という気配を全く感じられないという事がまた恐怖でして。ってわかるかしら)に似たようなものを感じました。古くからある社寺はその積み重ねた年数だけ信仰者の想いがその土地に沁み込んでいくものなのですが(その信仰心が社寺にとっての命とももなるわけで。参拝者がいない社寺は廃れていってしまうから)、榛名神社にはそういう気配が全くなくて、あんなに人がたくさんいたというのに常に排除されていっているような、何やら独特な空間でした。苔むした岩肌やたくさんの木々に囲まれた、目を見張るほど特異な景観でもないのにも関わらず。

免許持ってるクセに一切運転しないまま楽しい一日を過ごさせていただきました。ありがとう。
そして私も運転できるようになろう。うん。

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タイミング逃して書かず仕舞いだった大橋可也&ダンサーズのテンペストで気づいて以来、「表現する」という事が私の中の大きなキーワードとなっています。
台東区第九合唱指導の酒井先生の指導然り、「相手(観客)あっての表現者」という事を知らずに一方的に配信するだけだったのですが、理解してもらうためにどう表現するのかという事が課題となりました。エテルナの演奏会で気づいた事も自分にはないものだったから、来年に向けて(いやその前に台東区第九があるだろうというセルフツッコミ)、来年って更に演技も加わるオペラなわけですし、向き合って取り組んで行こうと思っております。
さてそろそろ来年に向けて今年を振り返る時期がやってきましたので、読んだ本などをまとめようかと思います。多分。